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歴史

ロシアの首都モスクワの歴史は、1147年ユーリー・ドルゴルーキー公により建国されたモスクワ公国の歴史とともに始まる。ドルゴルーキー公は盛り土と木材でできた砦を築いたが、これがクレムリンの発祥である。1237−1238年にはモスクワ公国はキプチャク汗国の蹂躙にあい、これ以降タタールのくびきといういわゆるモンゴル汗国の支配化におかれる。
モスクワ公国はイワンカリタ公(1325-41)の時代から汗国との交易で力をつけ近隣を切り従えて勢力を伸ばしていく。 1480年にはイワン3世(1462-1505)がタタール*リトアニア連合軍を撃破しタタールのくびきを終わらせた。
イワン雷帝(1533-1584)の時代にはカザン汗国をやぶりボルガ川中流とウラル地方に進出しその版図をさらに広げた。雷帝の死後相続争いによりモスクワ公国は衰退し、ポーランドにクレムリンを奪われリューリク王朝は断絶する。
その後の動乱期を乗り切るためモスクワ公国の貴族により1613年にミハイルロマノフが新しい皇帝ツァーとして選出されロマノフ朝が開かれた。以降モスクワはその都として栄える、ヨーロッパの辺境の一公国からその版図を極東にまでひろげた大ロマノフ朝ロシアの中心となる。18世紀の初頭、ピョートル大帝(1682-1725)によりサンクトペテルブルグ遷都が断行され、以降1918年ソビエト革命政権によるモスクワへの首都回帰までの空白はあるもののソビエト時代は米ソの冷戦の世界の一極の中心、ソビエト崩壊後はロシア連邦の首都としてモスクワは今にいたっている。